現在のお仕事について教えてください。
島根県雲南市で地域と密接に関わった医療・福祉を実践する株式会社Community Care(以下、コミケア)に作業療法士として所属しています。病院を退院された方の自宅に訪問して日常の生活動作をサポートする訪問リハビリに加えて、住民の方々と一緒に地域のつながりを活かした健康づくりやまちづくりを行う「コミュニティケア事業」にも力を入れています。
「コミュニティケア事業」ではどのようなことに取り組んでいるのですか?
今は主に介護予防、地域のコミュニティづくり、教育という3つのプロジェクトに携わっています。
まず、介護予防への関わり方としては、雲南市が行っている地域課題の解決のための「スペシャルチャレンジ事業」の採択を受けて、市内の地域自主組織(※1)の方々や民間企業で働く従業員の方に対して腰痛、ひざ痛の予防活動を進めています。特に製造業の方は作業内容によって腰痛・ひざ痛が悪化しやすい環境にあります。働く世代から高齢者までがどのように腰痛・ひざ痛に困っているのか一人ひとりの状態を調べ、トレーニング指導や全体に向けた健康講座を行っています。
また、コミュニティづくりでは住民の方々が集える場をつくるサロン活動のほか、地域の敬老会などで落語や劇などを披露するなど、参加したみなさんに笑顔になっていただき、地域の人と人のつながりを高めていくような取り組みを行っています。
教育分野では、島リハのCBR授業の授業設計の段階からフィールドワークの実施まで深く入り込み、学生と地域住民のみなさんのコミュニケーションをサポートしています。また、市内の高校に出かけてキャリア教育の授業に参加させていただくこともあります。コミュニティ事業そのものがスタートしたばかりですので、今はさまざまなチャレンジを行いながら事業としての自立を目指している段階です。
(※1)おおむね小学校区ごとに自治会・消防・PTA・老人クラブといった各種団体で構成されている雲南市独自の住民自治組織。各地区の交流センターを活動拠点として地域づくり・地域福祉・生涯学習(社会教育)の分野を中心に、様々な活動を展開している。
藤井さんがまちづくりに関わるようになったきっかけは何ですか?
日々の訪問リハビリ活動の中で、人と人とのつながりや地域コミュニティの大切さをより強く感じるようになっていったことです。ある時、一人で生活をしておられる転倒リスクの高い方の訪問を行う機会がありました。その方の家にはよく近所の方が来られて「転んじゃいけんよ」、「何かあったら気軽に相談するんだよ」と、声をかけられていました。ご本人はそうした方々が家に来てくれることが生きがいになっていて、そのつながりがあるから「自分は元気でいないといけない」という意識を持って生活をされていたんです。
そうした場面にいくつも立ち会うことで、周囲とのつながりによってその人自身の生き方や考え方に変化が生まれることを実感しました。そこから、人と人がつながって大きな一つの支え合いのコミュニティを築いていくまちづくりに目を向けるようになりました。
そうした想いから、「コミュニティケア事業」がスタートしたんですね。
もともとコミケアで行ってきた訪問リハビリもまちづくりの一環だと考えていますが、新たにコミュニティケア事業を立ち上げたのは、医療・介護保険の制度外で困っている方々の役に立てるような活動を行いたいと考えたからです。要支援・要介護の認定を受けていない、いわゆる“健常”な状態にある住民の方々には「湿布や痛み止めを使っているけど、痛みが改善しない」、「私たちは病気になったら、どんな支援を受けられるの?」といった困りごとや疑問を抱えています。そうした声を聴きながら現場で感じたことをみなさんと話し合い、事業として本腰を入れて関わるようになりました。
こうした病気・けが予防やまちづくりに関わる活動を継続的に行うためには、活動資金を生み、事業そのものを自立させていく必要があります。全国的にも前例がみられない取り組みなので、ここで新たなモデルをつくるという気持ちで住民の方々に価値を提供し続けられる仕組みをつくっていきたいと考えています。
作業療法士の専門性は、活動の中でどのように活かされていますか?
病院や施設で行うリハビリでは、患者さん自身が病気を治してもらおうという受け身ではなく、「病気を自分で治そう、よくしていこう」という“自分ごと”としてリハビリに向き合うことがより効果的な回復につながります。そのため、作業療法士はどのようなリハビリが必要かを一緒に考えながらご本人の選択を一歩後ろで支えて、自発的な意思を引き出すための環境づくりを行います。
地域においても同じことがいえます。私たち療法士が「この地域には健康講座が必要だと思うので、やりましょう」と働きかけて活動してもらうと、住民の方々には「やらされている」という気持ちがあるので、活動が発展していかないことが多いです。これまでのコミケアでの実践の中で、住民の方々が「本当に必要だ」と感じて取り組むからこそ、その活動の成果が出て、ほかの地域を巻き込んだ取り組みに発展していくという経験をしてきました。そのため、まちづくりの取り組みに関わるうえでは「どうしたら問題意識を持ってもらえるか?」というイメージを持って住民のみなさんに情報提供を行い、どのような取り組みがいいか一緒に考える場をつくり、話し合いの中から「健康講座をやりたい」という声が自然とあがるような環境づくりをすることが大切だと考えています。
こうした、“環境を整え、待つ”というアプローチそのものが作業療法士の専門性を活かした関わり方であると感じています。
その人のやる気や意思を引き出す関わり方ができるということが、作業療法士の強みなんですね。
主体となるのは住民のみなさんであって、私たち療法士が目に見えた結果を出すわけではありません。ある意味目立たない存在といえますが、一つひとつの取り組みが予想以上に広がっていき、思ってもいなかった効果や進展があったときの手ごたえややりがいはとても大きいです。
地域で活躍できる作業療法士になるために、必要なことは何でしょうか?
病院や施設といった現場では支援するご本人との一対一の関わり方が基本になりますが、地域のコミュニティに関わる現場では介護予防教室やサロン活動など、一人の療法士が集団に対して働きかける“一対多”のアプローチが必要になります。
そして「住民の方々が本当に必要としているもの、本当にやりたいと思っていることって何だろう?」ということを常に考えながら、健康、教育、防犯・防災などさまざまな分野の課題をつなげて、ほかの医療・福祉職やNPOなどの異業種・多職種と連携した柔軟な仕掛けづくりを行うマネジメント力。この2つが、特に地域コミュニティやまちづくりに関わる上で求められる能力だと思います。
これからの将来のビジョンについて教えてください。
地域の中で一人ひとりのつながりが薄れていく“社会的孤立”と呼ばれる状況をなくしていくために、コミュニティケア事業を中心とした住民の方々と進めているさまざまな取り組みをモデル化して、いずれは全国に価値を発信してくことが目標です。
そのために住民のみなさんの中から出てきた「やりたい」という意思を丁寧にすくいあげて、一緒になって取り組みをつくっていく姿勢を大切にしていきたいです。
最後に、療法士を目指す方に向けてメッセージをお願いします。
リハビリに関わるうえでは知識や技術ももちろん大切ですが、人と対話し、関係を築いていくことのできる力を身につけることがその根幹にあると思っています。私が島リハに入学して感じたのは、先生や先輩方、同級生との信頼関係の強さです。自分の悩みや想いを伝え合い、相談できる仲間がいるからこそ、人間として成長していける環境が充実している学校だと思います。